東京地方裁判所 昭和38年(ワ)2904号 判決 1966年1月31日
本訴原告、反訴被告(以下単に原告という) 尾花今一
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 磯崎良誉
同 鎌田俊正
本訴被告、反訴原告(以下単に被告という) 小谷武男
右訴訟代理人弁護士 松嶋泰
主文
(一)、被告は、
(1)、原告尾花今一に対し、別紙物件目録記載の一、(ロ)の物件を収去して同目録記載の一、(イ)の土地を明渡し、
(2)、原告水野利明に対し、別紙物件目録記載の二、(ロ)の物件を収去して同目録記載の二、(イ)の土地を明渡せ。
(二)、(1)、原告尾花今一は被告に対し、別紙物件目録記載の一、(イ)の土地につき、神奈川県知事に農地法第五条による賃借権設定の許可申請手続をなし、且つ右許可を条件として、被告に右土地を宅地として使用させよ。
(2)、原告水野利明は被告に対し、別紙物件目録記載の二、(イ)の土地につき、神奈川県知事に農地法第五条による所有権移転の許可申請手続をなし、且つ右許可を条件として、昭和三四年七月一四日付売買契約を原因とする右土地の一五分の二の所有持分の移転登記手続をせよ。
(3)、被告のその余の反訴請求を棄却する。
(三)、訴訟費用は本訴反訴を通じこれを五分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
(四)、この判決は第一項に限り、各原告において金二〇万円宛の担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
第一、(本訴についての判断)
一、原告尾花は、昭和三五年六月中、その所有に係る本件(一)の土地を、被告に対しボートハウスの敷地として賃料年四、〇〇〇円の約で賃貸し、当時その引渡をなし、現在被告が同地上に本件(一)の物件を所有し右土地を占有していること、および原告水野は、本件(二)の土地の一五分の二の共有持分権者であるところ、昭和三四年七月一四日被告に対し、右土地をボートハウスの敷地に供させるため代金一二万円で売却し、当時その引渡をなし、現在被告が同地上に本件(二)の物件を所有し右土地を占有していること、
以上の事実は当事者間に争がない。
二、原告は、「本件土地はいずれも農地であるから、知事の許可を得ないでなされた右各契約は効力を生じない」旨主張する。よって本件土地が農地であるかどうかについて検討するに、≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実を認めることができる。
すなわち、(イ)、本件両土地は、それぞれ海辺に面する地続きの土地であって、もと国有地であったところ、原告尾花は本件(一)の土地を、原告水野の亡父水野勇吉は同(二)の土地を、それぞれ終戦直後食糧増産のため国の奨励に従い開墾のうえ、農作物を栽培していたが、その後、自作農創設特別措置法第四一条の規定により国からそれぞれ売渡を受け、同人らは(但し昭和二九年六月五日水野勇吉死亡後、同人の分は長男である原告水野)、引続き昭和三四年頃までこれを耕作して来たこと、(ロ)、その後本件土地が被告に売却ないし賃貸されたのちは、耕作しないで放置していたので雑草が生え、又土留の一部が崩れたため時には低地の一部に海水の侵入を見るようなこともあったが、被告は、昭和三五年頃本件土地に整地を施して平坦にし、かつ地上にボート小屋を含む本件(一)および(二)の物件を設置し、爾来、本件土地には農作物は栽培されていないこと、(ハ)、しかし、被告がした前記整地は、なんら他から土砂を運び込んで埋立をしたものではなく、単に本件土地の区域内に存する高い部分の土を低い部分に運んで地ならしをしたもので、そのうち一番高く地盛りをした個所も、その高さは二尺程度にすぎず、かつ前記ボート小屋の如きも、本件土地が農地であることを顧慮し余り目立たぬ程度に建てたもので、僅かの時間と労力で除去し得るような簡単な構造のものであり、本件土地は、現在、耕作しようと思えば何時でも耕作できる状態にあること、(ニ)、なお本件土地の周辺の土地も、未だなんら宅地地帯にはなっていないこと、以上の事実が認められる。被告本人の供述中、右認定に牴触する部分は、前掲各証拠と対照し、採用し難い。
しかして右認定によれば、本件土地が昭和三四年頃まで現に耕作中の農地であったことは明白というべきである。尤もその後、前記のとおり耕作されない侭現在に至っているが、前記認定の諸事実と対照すれば、本件土地は、到底被告主張のように、もはや宅地化されて農地たる性質を喪失したものとは解し難く、ひっきょう本件各土地は、現在なお一種の休耕地に属し、農地法にいわゆる農地に該当するものと解するのが相当である。
三、ところで本件各土地の賃貸借および売買契約について、未だ知事の許可を得ていないことは当事者間に争がないから、右各契約は、いずれも本件農地についての賃借権の発生および所有権移転の効力を生じていないものという外ない(農地法第五条第二項、第三条第四項)。
被告は、「知事の許可を得ないでした農地の賃貸借ないし売買契約といえども、これにつき知事の許可が得られないことが確定するまでは有効であり、したがって被告は本件賃貸借および売買契約に基き本件土地を占有し得る」ものの如く主張するけれども、右各契約が前説示のとおり効力を生じていない以上、被告は未だ本件土地につき賃借権ないし所有権を取得したものとはいえないから、単に右のような契約だけを理由として原告らの本訴請求を拒むことはできない。(最判昭和三七年五月二九日民集一六巻一、二二六頁の趣旨参照)。
四、それ故、原告尾花が本件(一)の土地の所有権に基き、また原告水野が本件(二)の土地の共有持分に基き、被告に対し主文第一項記載の判決を求める原告らの本訴請求は正当として認容すべきである。
第二、(反訴についての判断)
一、被告の原告らに対する第一次の反訴請求は、被告と原告らとの間に締結された前記賃貸借および売買契約が本件各土地につき賃借権の発生および所有権移転の効力を生じていることを前提とするものであるところ、本件土地が農地であるため前記各契約が未だ右効力を生じていないことは、すでに説示したとおりであるから、右第一次の反訴請求は前提を欠き、棄却を免れない。
二、次に被告の予備的反訴について判断する。
農地の賃貸借ないし売買契約については、知事の許可を受けない以上、右契約に基き賃借権の発生ないし所有権移転の効力を生ずるに由ないことはもちろんであるが、右のような契約といえども法律上当然に無効なものではない。すなわち、このような契約は知事の許可を受けることを法定条件とするものであり、農地の賃貸ないし売買を契約した者は、相手方に対し右契約の効力として、知事に対する許可申請手続の協力をすべき義務を負うものと解するのが相当である。
次に原告水野は、「本件(二)の土地の売買は、原告水野が他の共有者の同意を得ないでしたものであるから無効である」旨主張する。なるほど原告水野が右売買につき他の共有者の同意を得たことを認めるに足る証拠はないから、原告水野は右同意を得なかったものと認めるの外はない。ところで共有者の一人が他の共有者の同意を得ないで共有物を売却した場合、自己の権利に属しない他人の持分についてまで物権変動の効力を生ぜしめ得ないことは当然であるが(民法第二五一条参照)、かかる契約といえども、債権契約としては、他に特段の事情のない限り当然無効ではなく、売主は、他の共有者の持分を取得して買主に移転する義務を負うものと解するのが相当である(民法第五六〇条参照)。したがって本件売買契約が無効である旨の原告水野の右主張は理由がなく、本件(二)の土地の売買を約した原告水野は相手方たる被告に対し、右契約の効力として、右土地の売買について知事に対する許可申請諸手続の協力をすべき義務を負うものと解すべきである(尤も同原告は、他の共有者の持分を取得し、またはその同意を得た上でなければ、適法に知事に対する許可申請手続をなし得ない筋合であるが、原告水野は、上述のとおり他の共有者の持分を取得して被告に移転すべき義務を負っているのであり、右のような同原告が当然なすべき持分取得の義務を履行しさえすれば、適法に知事に対する許可申請手続をなし得る筋合であるから、同原告は、現在未だ他の共有者の持分を取得していないことを理由に、被告に対し右許可申請手続の協力義務を拒否することはできないものといわねばならぬ。なお、もし同原告が他の共有者の持分を取得できなかったとしても、その場合は、別に民法第五六一条による契約解除および損害賠償の問題が生じ得るだけであって、右に説示した理論自体には、なんら消長を来さないものと解する)。
それ故、被告が、原告らとの間になした本件賃貸借契約および売買契約に基き、原告らに対し主文第二項の(1)および(2)記載のような義務の履行を求める被告の予備的反訴は正当として認容すべきである。
第三、(結論)
以上の次第であるから、原告らの本訴請求および被告の予備的反訴は正当として認容し、被告の第一次の反訴は理由がないから棄却し、訴訟費用につき民訴八九条、九二条一項本文を、仮執行の宣言につき同一九六条を各適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 土井王明)